キリスト教において、世界で愛されている詩の一つに「足跡」があります。
辛い時期を過ごしている時、ふと「神様はどこにいるのだろう?」と感じることは誰にでもあるはず。そんな心に寄り添うこの教えをテーマに、ブログ記事を作成しました。
人生の荒波に揉まれている時、私たちは「どうして私だけがこんな目に?」と、孤独や絶望を感じることがあります。
キリスト教の詩「足跡」は、私たちの不安な心に、優しくそして力強く語りかけてくれます。
1. 砂浜に残された「二組」の足跡
この詩の主人公は、人生を振り返る夢を見ます。
砂浜には、自分と主(神様)が一緒に歩んできた「二組」の足跡が続いていました。
楽しい時も、平穏な時も、神様は常に隣を歩いてくださっていたのです。
2. 最も苦しい時に残された「一組」の足跡…。
しかし、人生で最も困難で悲しい時期を振り返った時、主人公はあることに気づきます。
そこには「一組」の足跡しか残っていなかったのです。
主人公はとても悲しくなり、神様に問いかけます。
「主よ、私があなたを最も必要としていた時、なぜ私を一人にされたのですか?」
3. 感動の結末:一組しかない足跡の正体
神様は、優しくこう答えられました。
「私の愛する子よ。私はあなたを愛している。決して私はあなたから離れたことはない。
あなたの苦難の時に足跡が一組しかなかったのは、その時、私があなたを背負って歩いていたからだ。」
☆この教えが私たちに伝えてくれること
私たちは、自分の力だけで困難を乗り越えなければならないと思い込みがちです。
しかし、キリスト教の教えにおいて、神様は「遠くから見守る存在」ではなく、「共に苦しみ、共に歩む存在」です。
◆あなたは一人ではない:孤独を感じる時こそ、目に見えない大きな愛に支えられています。 ◆自分の弱さを受け入れる:自分の足で歩けないほど疲れた時は、委ねてもいいのです。
◆後になって気づく恵み:渦中にいる時は分からなくても、後から振り返れば「あの時守られていた」と 気づく瞬間が必ず来ます。
結びに…
いま、もしあなたが砂浜に残された「一組の足跡」を見て、孤独を感じているのなら、
それはあなたが一人で歩いている証拠ではなく、
あなたが大切に抱き上げられている証拠かもしれません。
株式会社山村陽一葬儀店
住所:青森県八戸市小中野1丁目1−6
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